古きにわたる歴史があり寺社仏閣が多く存在する京都。時といのちの流れを感じる京都の街からインスピレーションを受け、「彼岸の光、此岸の影」をテーマにした展覧会となっております。展覧会は全10作品から構成されています。本展のために制作した映像によるインスタレーション、立体展示などで構成され、東山キューブの空間全体を使った没入感のある体験になっております。鑑賞者が作品に入り込み、自身が主人公となり異界を巡る全10話の“絵巻体験”へと誘います。
展覧会の導入は窓に作品が透ける廊下で、作品を通して窓の外に京都の街並みも見ることができ、異界と現実をつなぐ空間を演出しています。その後、彼岸花の真紅に染まる展示や、1500本に及ぶクリスタルガーランドを用いたいのちのきらめきを表現した展示、まるで奈落のような天地が抜ける空間や造花が咲き乱れる空間など、異界の深淵を巡るような作品群が続きます。
作品にはCGで制作したものではなく、全て現実世界の写真や映像を用いており、日常の延長線上にある何気ない場所で撮影されています。蜷川実花がこれまでも様々な作品に込めてきたコンセプトである「光と影」。日常世界にある光と色のコンビネーションを表現した“光彩色”だけではなく、影と色を表現した“影彩色”の作品で構成されており、光と影、彼岸と此岸など、相反するものを感じ取ることができます。10に及ぶ作品の体験を通して、鑑賞者は自分の記憶や心の中にある静けさ、きらめき、さまざまな感情が呼び起こされます。また、没入型の構成で作品の中に鑑賞者が入り込めることから、自己と他者が共存する鑑賞体験になります。
パンデミックや世界における紛争など、混沌とした昨今の情勢。自己との内省は世界的にも様々なジャンルで広まっており、人々はいま、見失いがちな自分と向き合う時間が大切になっています。一連の“絵巻体験”の中で、光や影、彼岸と此岸、作家と鑑賞者、他者と自己など相反するものの境界線が揺らぎ、アートで自身の記憶や感情と共鳴する体験を通して、“百人百様”の自己と向き合う時間へと誘います。
4000本以上の彼岸花が織りなす真っ赤に染まった空間が、鑑賞者包み込む作品。突如展開される全面真紅の空間は、色彩の劇的な変化により、異界に入ったことを認識します。彼岸の象徴である花々と共鳴し、鑑賞者に多様な感覚を呼び起こします。
約1500本に及ぶクリスタルガーランドが様々な光のなかで揺らめく空間を漂う体験。鑑賞者が空間に入ることで、その対流の影響でクリスタルは静かにゆらめきます。遠目では、いのちの集積体のように多様な光を帯びて輝いて見え、近づいてみるとクリスタルや蝶、星、ハート、目玉、イミテーションの宝石など多様なモチーフを発見することができます。
人の背丈程度の大きな6枚のガラスパネルに、花畑、蝶、藤の花、桜、そして海中の光景などの光と影が織りなす写真と、オーロラフィルターが対となって配置された作品です。鑑賞者は作品の中に入ることで、自身の動きや視点によって、多様な光の表情がオーロラフィルターに映し出され、空間全体に揺らぎをもたらします。ガラスパネルに差し込む光は、記憶や感情、時間の流れを象徴し、ただ観るだけの場ではなく、光を通じて自己と向き合い、未知の内面的な世界を旅する体験につながっていきます。
本展覧会のハイライトとなる深淵は、奈落のように天地が抜ける空間と、その空間を内包する造花が咲き乱れる空間より構成されます。外側に広がる空間は、深淵の中でありながら突然視界が開け、色鮮やかな花々が咲き乱れます。そこは黄泉の奥底のようでもあり天上の世界のようでもある。その中で体験を共有する鑑賞者同士も含めて、まるで彼岸の夢のような共同幻想が形作られます。